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【上野・翁庵】昭和の温もりに出会う蕎麦屋|懐かしさと優しさに包まれる一杯

JR上野駅から数分歩き、賑やかなガード下を少し抜けた先に、蕎麦屋「翁庵(おきなあん)」は、まるで昔からそこにあったかのように静かに佇んでいる。 私が初めてこの店の暖簾をくぐったのは、よく晴れた平日の昼下がりだった。駅周辺の喧騒が嘘のように、この通りにはどこか時間の流れがゆったりとした、穏やかな空気が漂っていた。素朴で気取らない店構えは、一見すると見過ごしてしまいそうだが、長年使い込まれたであろう暖簾には、紛れもない歴史の重みと風格が感じられる。まるで昭和の時代で時が止まったかのような、不思議な懐かしさと安心感に包まれるようだった。

からりと扉を開けて中に入ると、そこは温かみのある木目のテーブルに、どこか見覚えのあるような懐かしいデザインの椅子が並ぶ空間。店員さんの応対も、格式張ったところは一切なく、まるで馴染みの客を迎えるかのように柔らかい。「いらっしゃいませ」という決まり文句よりも、「はい、いらっしゃい。どうぞこちらへ」と、優しい声で迎え入れられたような、そんな温もりがあった。

壁に掛けられた品書きには、せいろ、もりといった定番から、天ぷらそば、カレー南蛮、そしてカツ丼セットまで、心惹かれる品々が並ぶ。老舗の蕎麦屋でありながら、町の人々に愛される食堂のような親しみやすさも感じられる。迷った末に、私は基本に立ち返り「もりそば」と、香ばしそうな「かき揚げ」を注文することにした。

ほどなくして運ばれてきた蕎麦は、やや白みを帯びた、中細の美しい麺。角が立ちすぎず、それでいて一本一本がしっかりとしている。歯切れよく、つるりとした喉越しは実に小気味よい。つゆは、関東風らしいキリッとした味わいを持ちつつも、どこか角の取れた丸みがあり、ほんのりとした甘みが口の中に広がる。鋭く尖ったところがなく、毎日でも、何度でも食べたくなるような、**まさに“日常に寄り添う蕎麦”**という言葉がしっくりくる味わいだ。

そして特筆すべきは、かき揚げの存在感。見た目にもボリュームがあり、箸を入れるとサクッという軽快な音が食欲をそそる。天ぷらの生命線ともいえる油切れが実に見事で、様々な野菜の自然な甘みが口の中で優しく広がった。蕎麦の繊細な風味を邪魔することなく、かといって脇役に徹しすぎることもない。そんな絶妙なバランス感覚に、長年培われてきた職人の技を感じずにはいられなかった。

店内を見渡すと、年配の常連客らしき方々が数人、静かに蕎麦をすすっている。彼らは黙々と、しかし実に美味そうに麺を味わい、食べ終わると「ごちそうさま」と自然に声をかけ、慣れた様子で店を出ていく。その気取らない一連の所作を眺めていると、この店は観光客が一度訪れる場所というよりも、地元の人々が日々の暮らしの中で繰り返し足を運ぶ、“通うための蕎麦屋”なのだと強く感じた。

以前訪れた上野藪そばや神田まつやが、それぞれに“粋”や“活気”といった、ある種の非日常的な高揚感を伴う一杯を味わう店だとすれば、ここ翁庵は、“日々の暮らしの中にある、変わらない蕎麦の美味しさと温もり”を求める人々のための場所なのだろう。肩肘張らず、気取らず、でも心から「美味しい」と思える。疲れた仕事帰りに、ふと「あの味が食べたいな」と恋しくなるような、そんな揺るぎない安心感が、この店には確かに存在するのだ。

まとめ

「翁庵」は、きらびやかな装飾や洗練されたサービスを誇る華やかな老舗とは、またひと味違った魅力に溢れた蕎麦屋だった。 その味も、店内に流れる空気も、どこか懐かしく、そして限りなく優しい。

上野の美術館や公園を散策した帰りにふらりと立ち寄るのも良いし、日々の仕事帰りに「いつもの味」を求めて暖簾をくぐるのもまた一興だろう。どんな時に訪れても、きっと一杯の蕎麦が、その日の気持ちをそっと包み込み、優しく整えてくれるはずだ。

「老舗」と聞くと、どこか敷居の高さを感じてしまう人もいるかもしれない。しかし、翁庵にはそんな堅苦しい雰囲気は微塵もない。きっとまた、特別な理由がなくても、ふとここの蕎麦が食べたくなって足を運んでしまうだろう。そんな予感に満ちた、心温まる一軒だっ

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