プロローグ:なぜ、私たちは古い蕎麦屋に惹かれるのか
めまぐるしく変化する東京という街。新しいビルが次々と空を突き刺し、流行りの店が生まれては消えていく。そのスピードに合わせるように日々を過ごしていると、ふと、心が渇いている自分に気づく時がある。
最先端の味や、洗練されたサービスではない。
ただ、子供の頃に感じたような、素朴で、飾り気のない優しさに包まれたい。
そんな想いに駆られた時、私は決まって古い蕎麦屋の暖簾を探してしまう。今回ご紹介する上野の「翁庵(おきなあん)」は、まさにそんな私の渇きを、静かに、そして深く潤してくれた、忘れられない一軒だ。
上野の喧騒に佇む、昭和への入り口
JR上野駅から歩いて数分。多くの人々が行き交う大通りから一本入った場所に、「翁庵」はまるでそこだけ時が止まったかのように佇んでいる。
年季の入った木造の店構えと、ショーウィンドウに並ぶ、少し色褪せた食品サンプル。現代のデザインとは全く違う、その素朴な姿に、私は強烈なノスタルジーを感じずにはいられなかった。ここは、ただの飲食店ではない。昭和という時代から続く、一つの文化遺産なのだと。
吸い寄せられるように店の引き戸を開けると、「いらっしゃい!」という穏やかで、しかし芯のある声が迎えてくれる。外の喧騒が嘘のような、穏やかで活気のある「昭和の空気」。それは、磨き込まれた木のテーブルの艶や、壁に貼られた手書きのメニュー、そして店員さんたちの無駄のない立ち振る舞いから、醸し出されているのだろう。
心と体を温める、翁庵の二枚看板
この店の品書きは、奇をてらったものは一つもない。もり、かけ、天ぷら、そして丼もの。長年、この場所で愛され続けてきたであろう、信頼の置ける料理だけが並んでいる。
その中でも、特に多くの人が注文していたのが、この二つだった。
一つは、身も心も温まる「カレー南蛮」。

とろりとした熱々のカレースープは、昔ながらの蕎麦屋ならではの、出汁が効いた優しい味わい。スパイシーというより、旨味と香りがじんわりと体に染み渡る。寒い日にこれを食べれば、体の芯からポカポカしてくる、どこか懐かしい一杯だ。
そしてもう一つが、通好みの「ねぎせいろ」。

この店の特徴は、つけ汁に浸った“しっとり”とした「いかのかき揚げ」だ。汁の旨みを吸った衣とイカの食感が、キリリと冷えた蕎麦とよく合う。派手さはないが、なぜかまた食べたくなる不思議な魅力に満ちている。
まとめ:「おかえり」と言ってくれる場所
「絶品」や「極上」という言葉で評価するのは、少し違うのかもしれない。
「翁庵」の魅力は、いつでもそこにいて、訪れる人を優しく迎えてくれる、その普遍的な温かさにある。ここは、最先端のグルメ体験を求める場所ではなく、日常に疲れた心をリセットするための「止まり木」のような場所なのだ。
もしあなたが、
- 都会の喧騒から、少しだけエスケープしたい人
- 新しさではなく、変わらない安心感を求めている人
- 「ただいま」と言えるような、心の拠り所を探している人 であるなら、ぜひ一度、「翁庵」の暖簾をくぐってみてほしい。
忙しい毎日に少し疲れたら、私はまた、ここへ帰ってくるだろう。
「いつもの、あれ、ちょうだい」なんて、いつか言ってみたいものだ。
お店の情報
| 店名 | 翁庵(おきなあん) |
| 住所 | 東京都台東区東上野3-39-8 |
| 営業時間 | [月~金] 11:00~20:00 [土] 11:00~19:00 |
| 定休日 | 日曜日・祝日 |
| 支払い方法| 現金のみ(カード・電子マネー不可)|
| アクセス | JR・地下鉄上野駅から徒歩約3分 |
| 備考 | お昼時は大変混み合います。 |
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